小原彩夏です。
今の仕事を本格的に始めて3年が経ちました。
始めたのがすっごく昔のようにも感じますし、まだまだ伸び幅があるという思いも同時に存在していて、なんだか不思議な感じです。
小原彩夏ができるまでに起きたこと。
私の人格形成に大きく関わる出来事がいくつかあります。
この記事とも重なってきます。
あまり明るくない話ですが、少し書いていこうかな、と思っています。
度重なる心の病。モノクロな世界でもがいた経験。
私は、過去にうつ病、双極性障害、パニック障害、自律神経失調症を経験しています。
また、幼いころから睡眠をうまく取れず、中学2年生のとき、父との死別を経験したことがきっかけで、睡眠薬を服用するのが当たり前になりました。
病気が寛解しては再発し、飲む薬が減ったと思ったら、また増えて。
睡眠薬は効かなくなっては、新しいものに変更してを繰り返し、いつしか睡眠薬についてはコンプリートしておりました。
多分、睡眠薬ソムリエになれると思います。
それほど、心の病と私の人生は、切っても切り離せないものです。
中・高校生のときはスクールカウンセリング、卒業後、精神科・心療内科では、薬物療法と並行して、認知行動療法(カウンセリング)を受けてきました。
カウンセラーさんとの対話が、とても大事な時間でした。
今でこそ周りの方の高い視点を借りつつも、自分との対話を通じて欲しいものを見つけることができるようになりましたが、当時は心に余裕がなかったこともあり、視野が狭く、すぐに自分にとって苦しい選択をしがちでした。
「大好きな父がいなくなってしまった。母も病気を抱えながら頑張ってくれているけど、やっぱりしんどい」
「もう、どう生きたいかわからない」
「そもそも私は生きていたほうがいいのか。それとももう死んだほうがいいのか」
「でも、死にたいなんて、病気を持っている母の前では言えない」
カウンセラーさんの前で何度泣いたかわかりません。
未遂の経験は何度かあります。
両親がいなくなって、あまり仲が良くない親戚の家で居心地悪く過ごす日々。
世界がモノクロで、先が何にも観えなくて、生きている意味を見失った結果、実行に移す寸前まで行って、怖気ついて今に至ります。
ただ、この未遂事件が、私の生き方の軸の形成となりました。
「実行できないのであれば、私は生きなければいけないということだ。それなら、いついなくなってもいいように、魂を燃え尽すような人生を送ろう」
そこからは、自らの死を恐れなくなりました。
いついなくなってもいいと思えるようになりました。
(※決して投げやりではありません)
だからこそ、チャレンジできることが増えていきました。不思議とやりたいことがたくさん観えるようになりました。
高校生の頃の夢はカウンセラー。だけど、周りの反対で諦めることに。
高校生のとき、カウンセラー(臨床心理士)を志したことがあります。
「今、カウンセラーさんの存在に救われている私もこれから出会う人にとって悩みを打ち明けられる存在になりたい、誰かの心を守る存在になりたい」
そういう思いから、何度か大学のオープンキャンパスに足を運んで心理学の講義を受けたり、自分で書籍を買って学んだり、それなりに意欲的だったのですが…周りの猛反対により断念しました。
母からも学校の先生からも「心が弱いあなたがカウンセラーなんて、あなたが先に潰れてしまうから無理」と言われて、何も言い返せませんでした。
心が弱い私が、カウンセラーを目指すなんておこがましい。そう思って諦めたと思った夢。
それが今、当時思い描いていたものに近い形で、お仕事にできているのが不思議なのです。
人生って、伏線を回収し続けるものなのだな、と思っています。
心の病を持っているから、セッションで門前払い?!過去の私のような人が生まれませんように。
自分が心の病を経験したことから、「心の病を持っていても、必ず幸せになれる」と堂々と発信できるようになりました。
オーダーの世界と出会う前の私は、うつ病や双極性障害で薬を飲んでいるという自己申告、もしくは注意書きの段階で、ヒーリングやセッションを受けられないという経験を何度もしてきました。
幸せになりたくて、誰かの手を借りたいのに、「心の病を持っているから」という理由だけで門前払いされて、そのたびに、「心の病を持っているだけで、どうしてそんな扱いを受けなければいけないのか」とさらに自分を追い込んでいました。
もちろん、精神科領域に精通していない人間が、心の病を簡単に扱っていいものではありません。
(「精神科の薬は危ないよ」とスピ系の人に言われたこともあり、それはそれでショックを受けましたが、薬学部でちゃんと勉強していくと、そんなことはないと気づきました)
心の病と診断が下りたときに、お医者さんにかかることや薬を飲むことが必要なときがあって当たり前です。
でも、心の病があるからという理由だけで、幸せになるための機会を奪われる世界には、もういたくないのです。
「幸せになりたい」と思う人誰もが、平等にその機会を持てるような、そんな世界を創りたいと思うのです。

辛い過去を「必要だった」だなんて思えない。それでいい。
最後に。
小原彩夏を形成するのに、両親との死別や心の病の経験は切っても切り離せないです。それは事実。
でも、「起こってよかった。経験してよかった」とは思っていません。
そりゃそうだ。
今も両親と一緒にいられたらよかったのに、心の病を持たずに学生生活を謳歌できたらよかったのに、と思うこともあります。
わざわざ辛かった過去を「経験してよかった」だなんて思いこむ必要はないと思っています。
ただ、過去に戻ってやり直すことはできませんから、起こったことへの捉え方をできるだけ心地いいものに選ぶのが、私にとって過去の自分を救うことにつながっていると感じます。
辛かった過去を、今の私を作るのに必要だった、と思えるようになるまで時間はかかりました。
今、辛かった過去に目を向けられなくてもいいんです。
それと向き合わなくたって幸せになることができるのですから。
向き合うタイミングが来るまで、そっと心の隅に置いておいてほしいと思います。